またまた古いネガをスキャンしていたら、1983年のシャックの写真が出てきました。1982年に、初めてアメリカへ行き、さらに同年10月に初めてサイパンへの「DXペディション」に行きました。写真は、その直後ということです。
リグは、開局当時のFT-101ESに、ローカル局からもらったFT-200が加わっています。101も単体ではなく、外部VFOとモニタースコープを接続しました。
それよりも何よりも、RTTYを始めたことが私の中では大ニュースでした。サイパンへのDXペディションでの経験が刺激になり、自宅でも……というわけです。モニタースコープ右横のオレンジの小さな箱が、RTTY専用機のCWR-650です。TU-650(ターミナルユニット)、KB-650(キーボード)とセットで使います。あと、RF出力がありまして、JA3YQDの先輩方が修理された白黒テレビ(2000円で購入)がモニターになります。さらに、モニタースコープの隣にテープレコーダーが見えますが、これがデータ入出力装置です。当時、CDはおろか、フロッピーディスクもなかったので、「CQ DE JF3PLF PSE K」「MY QTH IS KYOTO CITY」等々の定型文はCWR-650からテープレコーダーに記憶させておき、運用時にはCWRにそれを聞かせてメモリーに入れるわけです。
当時RTTYでは、東野のθ-777やθ-7000なんかが主流でしたが、そんな「高級機」を買う余裕はなかったのですよね~。
これでも、けっこう遊べました。当時の無線機には、背面パネルにフォーンパッチ入力やPTTがRCA PINジャックで装備されていましたし、AFSKには十分。モニタースコープには、ツートーン発振の機能があり、送信波形もモニターできましたし、RTTYだってクロスパターンを見ながら同調ができたのでした。
今や、無線機は小型化され、デジタルモードはPCと無線機をUSB接続すればOK。当時の機材は、ほとんどジャンク市等で売り払ってしまいました。